30代無職のロズ雑記

30代無職で高卒ニートの職歴なし絶望的人生。社会不適合者で真面目系のクズです。そんな人生をエンターニートで逆転するブログ。最近はグルメリポートが中心で田園都市線沿いの美味しいお店をご紹介しちゃってます。

ptengine

歴史

日清戦争をわかりやすく物語にしてみた!

2018/06/09

1894年の日清戦争をわかりやすくコミック的な感覚で読めるように噛み砕いて解説していきます。小学生から社会人まで幅広く受け入れられるような理解しやすく、また教科書よりわかりやすくなっております。

ただし、一般的な説を取り上げた内容の為、最低限の知識であることをご了承ください。

日清戦争

sino-japan-war

この絵を皆さんは、ご存知でしょうか?教科書に必ず登場するこの絵は日清戦争を風刺的に描いた作品で、日本を表す左の人物と(当時の中国王朝)を表す右の人物が釣りをしています。魚にはフランス語で朝鮮と書かれています。橋の上からその様子を眺めているのがロシア帝国を表す人物です。このお話を読んだ後に見返すと、よく理解できるかと思います。

明治維新後の富国強兵

当時の日本は明治維新が起こった後、西洋の列強に追いつくべく国民が一丸となって、富国強兵政策を行っていました。特に近代的な軍隊の建設は急がれ、国家財政の3割近くが軍事費に回されていました。
ちなみに現在はGDPの1%程度ですね。

hukokukyouhei

この富国強兵、、現代の「大企業が儲けて、、」似てきていますねw

なぜ日本がここまで、軍事力に力を入れたかというと、アジアの状況を見ていたからです。当時のアジアは西欧列強(イギリス・フランスなど)に戦争で負け、不平等な条約を結ばされたり、国自体を植民地とされるなど、支配されている状況でした。

日本はこの状況を見て、次は自分たちのなんじゃないかとビクビクしていたわけです。そこで、西欧列強に対抗できる軍隊を持つというのが日本の切実な願いだったわけですね。

そんな日本に北の方から現実的な脅威が迫ります。それはロシア帝国です。ロシアは皆さん知っての通り、北も北にある国です。めっちゃ広い国土を持ち、さらに世界最大の陸軍、強力な海軍など、軍事力も世界でトップクラスの大国でした。そんなロシアにも大きな悩みがありました。

ロシア<冬になると港が凍っちゃうんですけどw寒すぎワロタw これじゃ貿易できないじゃん(-_-;) どうしよう・・・・・・・・
そうだ!!南にある国を攻め落として、凍らない港を
手に入れればいいじゃんww

というわけで、ロシアは南へ南へと勢力を伸ばす「南下政策」という侵略を行っていました。皆さん、世界地図を見てみましょう。ロシアから南に進んでいくと日本!!

日本は焦った。
本<やべぇ・・・ロシアが攻めて来たら絶対に勝てない・・・だって、アイツラ軍隊強いし、体でかいし、ウォッカがぶ飲みするし・・・ どうしようか・・・・・・・そうだ!! 朝鮮半島をロシアへの盾としよう!!

李朝朝鮮の攻略作戦

日本は朝鮮半島を日本の勢力下に置いて、ロシアの南下政策に対抗しようとするわけです。でもでもここで一つ問題が!

当時の朝鮮半島にあった国は李朝朝鮮という国です。この国は伝統的に中国王朝に従ってきた国で、当時も例に漏れず清国の属国となっていました。つまり、清国の勢力下にあったということです。日本が朝鮮に勢力を伸ばすためにはまず、李朝朝鮮は清の属国ではないということを清に認めさせる必要があります。

李朝朝鮮

李朝朝鮮

日本<ねぇねぇ、李朝朝鮮ってさ、独立国だよね?
<ああ??日本の分際で、ウチの属国に手出そうとかふざけてるの??あんまり調子に乗ってると、やっちゃうよ?(^_^メ)
日本<悪いけど、今回はウチも引けへんわー(^^)

ってな感じで、日本の関係が悪化していきます。一方の李朝朝鮮の政治家たちも「を裏切るなんて国が亡ぶぞ!!」っていう事大党と「日本を手本に我々も近代化を目指すべき!!」っていう開化派とに分かれて対立していました。もちろん前者が清派で後者が日本派ですね。

壬午軍乱

そんな不安定な朝鮮半島で一大事件が起きます。壬午軍乱(じんごぐんらん)と呼ばれる暴動です。一部始終を書きますと、当時の朝鮮政府は事大党開化派に分かれていましたよね?開化派は近代化を目指していたので、新しく新式の装備を持たせた軍を作りました。ここで問題が一つ。今までの軍隊の軍人よりも給料が高かったのです。ちなみに当時の給料は米で支給されていました。

旧式兵A<何でアイツラ俺達より米もらってんの??(#^_^)
旧式兵B<しかも、俺らの給料ぜんぜん支払われないんだけど・・・
旧式兵C<もう我慢できねぇ!!やってられっか!!

こんな感じで旧式兵達が暴動を起こしました。この暴動を利用しようと考える者もいました。そう、開化派と対立している事大党の連中です。

事大党<ほれ、お前ら、新式軍作った開化派の連中もやれww
旧式兵達<そうだそうだ!!

このように、事大党開化派を宮中から追い出してしまいます。困ったのは開化派です。このままでは自分たちは権力を奪われてしまう。そこで当時、朝鮮に駐屯していた清国の大物、袁世凱という人物に助けを求めました。清国側もこれを機に朝鮮における日本との勢力争いに一歩リードできると思い、鎮圧のための軍隊を派遣します。これにあせったのは、そう日本です。

袁世凱

袁世凱

日本<ちょっと待てよ・・・清国に朝鮮確保されちゃうかも・・・こっちも負けずに軍隊派遣じゃ!!

日本に対抗して軍隊を差し向けます。というのも、この旧式兵達の暴動は新式軍を指導していた日本人にも向けられ、朝鮮に滞在していた日本人も多数殺害されていました。その保護の名目もあったのです。

結局、暴動は清国軍によって鎮圧され袁世凱が朝鮮政府の実権を握ってしまったわけです。日本は清に一歩リードされてしまいました。しかし、日本も若干は得るものがあり、朝鮮と条約を結んで警護のために朝鮮に駐屯できる日本軍が増加しました。

開化派大勝利!!!

甲申政変

かと思えばそんなことはなく、実は開化派のトップであった閔妃(王妃)が親日派から親清派へと方針転換してしまいます。「このままでは近代化が成し遂げられない」と考え、焦った残された開化派は1884年に思い切った行動にでます。

開化派A<もう選択肢はない・・・、クーデターじゃ!!
開化派B<え~、でも絶対にが邪魔してくるわ~(゜_゜>)
開化派C<えwお前知らないの?w今、はフランスとインドシナの方で戦争中だよw こっちに手回す余裕ねぇよww
開化派A日本も協力してくれるみたいだし、やっちまえ!!

このクーデターが甲申政変と呼ばれるものです。結果から言うと、失敗しました。開化派は一度は政権を奪取しますが、フランスにが負け、少なくとも朝鮮における勢力は維持したいと考えた袁世凱率いる清軍を差し向け、王宮を守る日本軍を破り、開化派を捕らえてしまいました。

悲劇のヒーロー・金玉均

悲劇のヒーロー・金玉均

捕らえられた開化派は悲惨な目に遭います。本人たちも、その親族も子供とか関係なく残酷な処刑方法で殺されます(凌遅刑など(心臓の弱い方は絶対に調べないように))。一説ではこのことに失望した福沢諭吉が有名な「脱亜論」を書いたとも言われています。

datuaron

天津条約と清による朝鮮への実効支配

さてさて開化派の目論見もそれに乗じて勢力拡大を目指した日本の目論見も失敗してしまいました。さらに日本軍と清軍の直接戦闘にまで発展してしまったので、両国の間に天津条約が結ばれます。内容を簡単に説明すると、「朝鮮には同等の兵力を置いて、争うのはやめようね~」てな感じです。 一見、平等な感じがしますけど、朝鮮政権は親清政権、さらに陸続きな清は増兵しやすいということもあり、朝鮮における主導権はに握られていました。

甲午農民戦争

が有利なまま10年近くの年月が経ったとき、またもや朝鮮半島で事件が起きます。今度は農民反乱です。甲午農民戦争と呼ばれるもので、困窮した民衆達が反乱を起こしました。当時の朝鮮の農民は悲惨ですよ。 役人による不正の横行やら、重税やらで半死半生状態だったらしいです。李朝朝鮮の貴族は両班(ヤンバン)と呼ばれるんですが、その数が実に多い。最も多かった時期には10人に1人が両班だったという話もあります。国民の10%が貴族ってすごい国ですね(´・ω・`)
当然、貴族の生活を支えるための農民たちの負担も推して量るべしって感じですかね。

hanran

さてさて話は戻ります。朝鮮政府にこの反乱を収める力はすでに無く、親清政権は清に助けを求めました。もうお分かりだと思いますが、日本も対抗して出兵します。こうして、朝鮮半島に日清両国の軍隊が出兵しました。この反乱がどうなったかというと、実は朝鮮政府が農民側と講和してしまいます。は?って感じですよね。実は日本の出兵に驚いた朝鮮政府は日清両国に撤兵を求めるため講和という形で収めてしまうんです。しかし、その後にどうなったかというと・・・

朝鮮<あ、反乱収まりましたんで、撤兵してもらっていいっすか??
清<日本が撤兵したらいいよ(*^。^*)
朝鮮<え~~?日本、撤兵してくれる??
日本が撤兵したらいいよ(*^。^*)あ、あとと結んだ条約とかも破棄してくれたらいいよ(*^。^*)
朝鮮<条件厳しすぎワロタwwワロタ・・・・

日清戦争の勃発

大体のやり取りはこんな感じです。朝鮮政府は再度、両国に撤兵を申し入れますが、当然ながらはねつけられます。それどころか、シビレを切らした日本はクーデターを実行して親清政権を打倒して親日政権を樹立してしまいます。そして、その政権に日本に対してある要請を出させました。「日本軍をもって清軍を朝鮮国内から駆逐してほしい」

いよいよ日清戦争が始まります。最初に戦火が上がったのは豊島沖海戦です。日本海軍第一遊撃隊が豊島沖にて清艦隊と遭遇、交戦しました。結果は日本側:死傷者なし・損傷なし、清側:1隻大破、2隻撃沈、2隻拿捕となり、日本側の完全勝利で初戦は終わりました。

この海戦の最中、「高陞号事件(ごうしょうごうじけん)」と呼ばれる重大事件も発生しました。清の商船である高陞号は清兵1100人を輸送中のところを日本軍の巡洋艦「浪速」と遭遇。浪速の船長は後に日本海海戦で有名になる「東郷平八郎」です。

若き東郷平八郎

若き東郷平八郎(東洋のネルソン)

東郷は当然、停船を命じますが、ここで一つの大きな問題がありました。高陞号は本籍をイギリスにおいてある船で、が雇用したという形を取っていたのです。ちなみに船長他、クルーもイギリス人でした。

浪速清兵を載せてるな?速やかに停船しなさい
高陞号<いやだよ
浪速<従わなきゃ砲撃するよ?
高陞号<従ったら清兵が反乱起こしちゃうよ(/_;)
浪速<本当に撃つぞ!!
高陞号<この船はイギリス船だよ?イギリスに喧嘩売る気?

停船を拒んだ高陞号への対応に浪速は苦慮します。高陞号は当然ながら、イギリス国旗をマストに掲げています。もし、これを撃沈してしまうと、イギリスの怒りを買うかもしれません。当時のイギリスは世界最強の国と言っても良いほど強大でした。

参謀<艦長、どうされますか?
東郷<旗信号を出せ、「ヨーロッパ人船員は我が艦に移乗するのを許可する」と
参謀<返事が返ってきました。「端艇(交渉役)をおくれ」とのことです。どうやら見捨てないように清兵に脅されているようです
東郷<交渉役は送れない。まず間違いなく、人質に取られる。旗信号を出せ、「艦をみすてよ」とな
参謀<砲撃されますか?イギリスを敵に回すやもしれません
東郷<国際法上、適切な行為だ。危険を知らせる警告の赤旗を掲げよ

東郷が出した命令は「撃沈せよ」でした。浪速の攻撃によって撃沈された高陞号 、これに一時イギリスの世論は沸騰しましたが、その後に国際法学者が東郷の行為は合法であると認めたため、世論も収まりました。これ、何気に日本滅亡の危機だよね?

nisin-war-history

その後も日本軍は勝ちを重ねていきます。陸軍においては成歓における奇襲で清軍を撃破し、平壌の戦いに勝利・平壌を占領し、後の日露戦争で激戦地となる旅順要塞もわずか1日で陥落させてしまいます。海軍においても、黄海海戦において清国艦隊を撃破しました。その後も日本軍は北上を続け、最終的には遼東半島全域を占領、台湾にまで攻めのぼっていました。

清の敗北と下関条約

終始日本軍が有利な状況で日清戦争の講和が始まります。場所は山口県は下関です。の大使は李鴻章という人物で、東洋のビスマルクとあだ名されていた人物です。日本側は陸奥宗光です。

李鴻章

李鴻章(東洋のビスマルク)

<清国としては、一刻も早い停戦を求めたい
陸奥<台湾の割譲を認めたらいいよ
<は?台湾は日本軍が占領したわけじゃないだろ?
陸奥<認めないなら停戦はできない

日本側は台湾の割譲にこだわり、側はこれを拒んだため、講和は進みません。この間、日本軍は台湾への上陸を果たし、台湾占領まで休戦を先延ばしにする予定だったのですが、ここで日本側にとって都合の悪いトラブルが起きます。

<今日も休戦できなかった・・・
暴漢<死ねや!!
<ぎゃああああああ!!

李鴻章小山豊太郎という人物がピストルで撃ったのです。これによっては顔面を負傷してしまいました。これに日本は焦りました。なぜなら、諸外国の同情が李に集まってしまうからです。この事件により、日本との休戦を延期することができなくなり、休戦が実現します。その後、講和条件などが調整され、1895年4月17日に下関条約が締結されます。

下関条約の主な内容は以下の通り
清国が朝鮮を独立国として認め、今までの属国的なへの行為を一切廃止すること
・遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に割譲
・賠償金2億テールを支払うこと(当時の日本の国家予算の4倍以上)
・沙市、重慶、蘇州、杭州を日本に開放する。また清国は、日本に最恵国待遇を認めるなどなどです。

こうして日本清国に打つ勝ち、列強への道を進みます。逆に清国は崩壊への道を辿るわけです。ところで、「日清戦争は楽勝だった」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、決してそんなことはありませんでした。陸軍で言えば、その後も日本軍の問題となり続ける兵糧不足や伝染病への対策の甘さの露呈、装備の貧弱さなどなど問題だらけでしたし、海軍で言っても、清国艦隊のほうが強力な艦隊でした。

それでも日本が勝ったのは、清軍がそれ以上に問題だらけだったということです。特に将兵の士気の低さは悲惨なもので、すぐに逃げ出してしまったり、降伏してしまいました。なんと戦う前に総大将が逃亡した戦闘もあります。

清国に勝って日本万歳ってなってたのは民衆達だけで、政府上層部はまったく気が休まりません。なぜかって??なんで朝鮮半島に進出しようと考えたのかですよ。そう、北からロシア帝国の圧力がますます強くなっていたのでした。こうして歴史は次なるステージ「日露戦争」へと進んでいきます。

ここまで読んでいただきありがとうございます(*^^*)

-歴史