30代無職のロズ雑記

30代無職で高卒ニートの職歴なし絶望的人生。社会不適合者で真面目系のクズです。そんな人生をエンターニートで逆転するブログ。最近はグルメリポートが中心で田園都市線沿いの美味しいお店をご紹介しちゃってます。

ptengine

歴史

日露戦争を物語風にしてみた!

2018/06/06

日露戦争についてわかりやすく、物語風に解説してみた!
なので教科書みたいな整理された解説になりませんが
コミック的な感覚で読んで頂けたら幸いです。

日露戦争

日露戦争

皆さんが学生時代の教科書で見るかと思いますこの画像
そう、これは日露戦争の風刺画なんです!左からロシア日本イギリスアメリカを表します。イギリスが日本を煽(あお)ってロシアに喧嘩を売らせ、アメ公はそれを後ろで見ている状況です。これからお話することを読んだあとに見返すと非常に良くできた絵となっております。

第0次世界大戦(日露戦争)

日露戦争は別名「第0次世界大戦」とも呼ばれたりします。というのも日露戦争に関わってくる列強国が多いのです。ロシア日本イギリスアメリカフランス、トルコ、清(中国)などです。そう、世界の大国がほとんどですよね?

当時のロシア帝国は南へ南へと領土を広ける南下政策と呼ばれる方針を採っていました。これにビビっていた国が日本・中国・トルコ、苦々しく思っていたのがイギリスアメリカフランス、喜んでいたのがドイツでした。ちょっと複雑です(´・ω・`)

ここで知っておいてほしいことがあります。当時のヨーロッパ情勢です。当時のヨーロッパはちょっと不穏な空気が漂ってました。その原因はドイツです。ドイツは産業革命が起こるのがイギリスフランスに比べて遅かったんです。イギリスフランスに追いつけとばかりに猛発展していました。これより一昔前ならば鉄血宰相と呼ばれたビスマルクが各国との関係を調整していたので、特に他国との大きな軋轢(あつれき)は生まれなかったのですが、若き皇帝ヴィルヘイム2世が君臨すると、彼はビスマルクを左遷し、自ら軍備拡張政策を行っていきました。

<それ!軍備拡張だwそりゃそりゃw
<てめぇ、挑発してんのか?お?
<まーまーそうひがむなよw
<おいロシア!ちょっとコイツ調子乗ってるからフルボッコ(包囲)しちまおうぜ!
<おk!

こうして誕生したのが対ドイツ同盟である露仏同盟です。さて、むやみに軍拡してしまったがためにドイツフランスロシアという2つの大国に挟まれて圧迫されていました。これはヴィルヘイム2世も困った困った。

ヴィ2<マジか〜(-_-;) ちょっと派手にやりすぎた・・・困ったな、どうしよう・・あ、そうだ!!ロシア皇帝は俺の親戚じゃんw

当時のロシア皇帝はニコライ2世といってヴィルヘイム2世と同じ祖母を持つ人物でした。ちなみにその祖母とはイギリスのヴィクトリア女王です。なんというロイヤル家系だw そこに目をつけてヴィルヘイム2世ニコライ2世に手紙を書きます。

三国干渉

ヴィ2<ち〜す、元気?俺達は親戚だよね?ドイツロシアはちょっとごたついたけどwところでさ最近、南東の方に粋がっている連中がいるじゃん?そうそう、あの日本とかいうイエローモンキー?wあいつら、絶対いずれ俺らに楯突くぜ!今のうちに潰しちゃわね?

この手紙が有名な「黄禍論」です。黄色人種が白人に災いをもたらすということです。この黄色人種とは日清戦争に勝ってアジアに存在感を示しだしてきた日本でした。かねてより南へと勢力を伸ばす「南下政策」を採ってきたロシアはこの内容に共感し、アジアへの勢力伸長を始めます。手始めに行ったのが皆さんご存じ「三国干渉」です

<日本さ~、清から遼東半島奪ったんだって?可哀想じゃん!!返せよw
<え、いや、だって戦争で勝ったし・・・
<え?w何?w聞こえないwwいいから清に返せよ!!
<むちゃくちゃじゃん・・・
ロシアもそう言ってんだしさwドイツはムカつくけどさ・・・
<・・・・・・・・・・

三国干渉の直後、3国はそれぞれ清領土の一部を租借してしまいます。
特にロシアは旅順・大連を租借し、満州・朝鮮への進出準備を着々と整えていました。そんなロシアを懸念する国が日本イギリスアメリカフランスです

<やばいよ、ロシア来ちゃうよ(;一_一)超コエーよ!!
<なんでロシアが勝手にアジアで好き勝手やってんだ??俺の取り分減るだろうが!!
<俺もアジア進出しようと思ってたのに先を越される!!
<せっかくドイツ包囲してんのに、なんであの馬鹿はアジアに兵力を派遣してんの??包囲にならねぇじゃないか!!
<うまくいったぞwロシアもっとやれ!!w
清<・・・・・・・・
トルコ<日本、怖いだろうな~、でも、俺なんかすでにロシアに侵略されてますけど何か?

各国の思惑はこんな感じです。1902年、世界が驚くことが起きます。なんとイギリス日本が同盟を結んだのです。日英同盟です。しかも、なんと条件は対等!!イギリスは当時の世界最強の国です。一方の日本は日清戦争に勝ったとはいえ、ポッと出のアジアの2等国でした。その両国が対等の同盟を結ぶことなど考えられないことでした。その裏にはイギリスの切実な事情がありました。当時のイギリスは南アフリカで起こっているオランダ系移民との「ボーア戦争」にかかりっきりで、ロシアに対抗する余裕が無かったのです。そこで目をつけたのが最近出てきた日本でした。

日本ロシアウザいよな?協力するからやっちゃえよ
<マジっすか!?でも奴ら超強いっすよ?
<じゃあとりあえず同盟結んでやるからさ、あいつら食い止めろよ、な?

こんな感じです。日本にとっては頼りになる味方が出来たのでした。これで一安心かと思いきや、ロシアは南進を止めません。日本の最後の砦、朝鮮半島にまで勢力が伸び始めました。

<よし分かった!ロシア、交渉しよう!
<何を??
<俺は満州におけるロシアの権利を認める。だから、お前も朝鮮における日本の権利を認めてくれ!!
<北緯39度以北だったらいいよw
<いやいやいや、それじゃ意味無いから、日本海守れないから!!
<あ、じゃあ嫌ですww

ロシアは日本の提案にも強気でした。それもそのはず、当時の日本ロシアの国力差は明らかでした。ロシアは海軍は日本の3倍の規模、陸軍は日本と比べる以前に世界最大の規模を誇っていたのです。ロシアから見れば、日本はアリのように見えたことでしょう。

日本は悩みます。
日A<もうこうなったら仕方ないロシアと戦するしか・・・
日B<馬鹿な、勝てるわけがない!!
日C<ならば、このまま屈するのか!!
日D<やるならば早くせねば、満州のロシア軍は強大化するばかりだ
日E<負ければ日本が滅ぶかもしれんのだぞ!!
日F<埒があかない・・・聖断を請うことにしよう

聖断を請う、つまりは明治天皇に決断してもらうということです。聖断は下されました。そう、日本は開戦を決意したのです。

nitiro_war_map

黄海海鮮

日本ロシアとの戦争を決めました。しかし、相手はあのロシア、清国とは比べ物にならぬほど強大で、前述の通り日本軍との差は歴然でした。そこで日本は日露戦争の目的を「ロシア軍の撃破」ではなく、「有利な戦況での講和」と定めました。実に冷静な判断ですね。

しかし、一言に有利な戦況と言っても、それを作り出すこと自体が日本軍にとっては困難でした。
ロシアとまともにぶつかっても、勝ち目はない・・・戦闘・外交・諜報の全ての要素で全力を出さねば・・・

日本の作戦、それはまさに国の命運を賭けたものです。まずは戦闘、6:4ぐらいの勝ちになんとかして持っていく!!次に外交、戦争に必要な軍資金を融資してくれる国を探すと同時に、講和の仲介をしてくれる国を探す!!最後に諜報、不安定になりかけているロシア国内の革命勢力を煽って、社会不安を引き起こす!!ぶっちゃけ、キツイ条件ですよね^_^; でもやらなきゃ日本終了のお知らせですから、日本も必死です。

戦闘は日本軍による旅順港のロシア艦隊奇襲から始まりました。相手はロシアの極東艦隊です。これだけでも日本の連合艦隊よりちょっと大きい規模なのに、まだ本国に黒海艦隊バルチック艦隊が残ってますから日本も泣きたいですよね(笑) この奇襲はイマイチ戦果が挙がらず、旅順港を出てきたロシア極東艦隊と日本連合艦隊との海戦となりました。

この海戦が連合艦隊司令長官だった「東郷平八郎」いわく、「日本海軍最大の山場」である黄海海戦です。いきなり最大の山場来ちゃいましたねwしかも最大の山場なのに、後の日本海海戦のほうが有名なんですよね(;一_一)

日本海軍は辛くもこの海戦に勝利します。しかし、ここで大問題が発生しました。討ち漏らしたロシア艦隊の一部が再び旅順港に逃げ込んでしまったのです。旅順港は要塞になってますから、追いかけて行くと一斉砲撃を受けてしまうので入れません。なぜ打ち漏らしちゃマズイかと言うと、ロシアの本国にいるバルチック艦隊と合流してしまったら、日本連合艦隊は太刀打ちできないからです。

日本海軍が旅順港で困っているうちに陸軍は朝鮮半島を北上します。世界最大ロシア陸軍は満州から南下してきます。日本陸軍は途中で二手に分かれます。一方は満州に集結しているロシア軍と決戦するために北上、もう一方は旅順のロシア軍要塞を攻め落とすために西進しました。

旅順、遼東半島の先端にあるこの地は日本人にとって悲劇の地となります。旅順にはロシアが強力な要塞を建造していました。本来、ここを攻め落とす必要は無いんですが、黄海海戦で日本艦隊が討ち漏らしたロシア艦隊を攻撃するためにここを占領する必要があったのです。要は海軍の尻拭いですね(-。-)y-゜゜゜

日本軍は旅順要塞を甘く見ていました。日清戦争のときにもこの地に清軍は要塞を築いていましたが、これがたった一日で陥落したからです。しかし、ロシア軍の要塞は比べ物にならないほど強力でした。この旅順を攻める日本軍の大将は「乃木希典のぎまれすけ)」です。有名人ですよね?

nogi

一方が旅順で苦戦しているうちに、もう一方も満州で苦戦していました。勝ってはいたんです。勝って北上はできていたんですが、ロシア軍は次々と本国から新たな兵が送られてくる一方で、日本はほぼ全軍が出兵していますから補充はできない。戦えば戦うほど、日本は不利になっていく(泣)

日本軍が極東で奮戦している間、外交・諜報面でも四苦八苦していました。外交ではまず、アメリカルーズベルト大統領に講和を仲裁してもらうために金子健太郎が渡米。この交渉が失敗したら日本は終わりです。次に軍資金集め、これも失敗したら戦争を続けられません。まさに綱渡りな外交ですね。資金を融資してもらうために頑張ったのが高橋是清たかはしこれきよ)という人です。

korekiyo

高橋<日本国債を買ってくれませんか?
資本家A<いや、日本絶対に負けるだろw無理無理買わないw
高橋<日本国債買ってください<(_ _)>
資本家B<日本は投資先ではないなぁ・・・同情はするけどね・・・

こんな感じで、誰も金を貸してくれません。まさに「マッチ売りの高橋」ですね(笑) 絶体絶命かと思われたその時、救世主が現れます。それはユダヤ人銀行家であったジェイコブ・シフという人物です。なんとこの人物、日本が必要とする金額の半分を一人で融資してしまいます!!なぜ彼がそこまで日本に尽くしたかというと、ロシア側に問題がありました。当時のロシアでは、ユダヤ人差別が凄まじく、虐殺もたびたび行われるほどでした。同じユダヤ人である彼は民族の仇討ちを日本に託したわけです。まぁ、日本はこのユダヤ人への恩を忘れて、後にナチスドイツと手を結んでしまうのですが^_^;

資金調達はなんとかなりました。次は諜報です。日本明石元二郎あかしもとじろう)という陸軍大佐に託しました。彼に与えた資金は凄い額で100万円(今の400億円)にも上ります!!それだけ、重要視したということですね。彼の工作は成功し、ロシア国内で労働者などによるストライキなどが増えて不穏な空気が漂い始めました。血の日曜日事件と言われる後にロシア革命に繋がる事件も起こります。

明石元二郎

明石元二郎

さて、日本軍の戦闘に戻ります。旅順では日本軍が苦戦を続け、満州でもなんとか堪えている状況です。そんな中、バルチック艦隊がアフリカを回って日本に近づいている情報が入ります。なんで、北海道の方から南下しないの?って思ってる人いるかもしれませんが、凍ってるんですw砕氷船とかじゃないと進めませんwロシア寒すぎっすね(笑)

そんな中、旅順では203高地と呼ばれる高台を占拠することに成功し、そこから旅順港内のロシア艦隊を砲撃することに成功しました。ここにロシア極東艦隊は完全に消滅します。その後は要塞攻略も楽になり、遂には旅順のロシア軍は降伏します。ヤバかったです。何がヤバかったって、旅順攻めた日本軍の死傷率ですよ!!10万人で攻めましたが、死傷者6万人超ですよ(>_<)身近な人4人想像してください。あなた含めた5人のうち3人が死ぬか戦闘不能の大怪我って状況ですから、いかに被害が大きかったか・・・

しかも、この旅順を落としてボロボロの乃木軍は満州に向かって進軍しなければなりません。満州の地では明らかに日本軍の方が数が少ないなかで奮戦していました。ここに乃木軍が合流して、一大攻勢をかけました。それが奉天会戦です。結果はまたもや辛勝でした。勝ったのに実質的にこれ以上の戦闘は不可能な状況になってしまいました。

日本海海戦

さて、黒海艦隊を吸収したバルチック艦隊が日本の対馬沖にやってきました。東郷率いる連合艦隊が迎え撃ちます。この海戦が有名な日本海海戦です。海戦前にこれまた有名なZ旗を東郷は掲げます。Z、それはアルファベットの最後の文字です。つまり、これに負けたら日本は後が無いということです。まさに「皇国の興廃、この一戦にあり」でした。

nihonkai_war

日本海海戦の結果に世界は目を見張りました。なんと、あれほど強大だったバルチック艦隊がほぼ全滅だったのに対し、日本連合艦隊は三隻の魚雷艇が沈没したのみという、一方的な日本の勝利だったのです。これは「世界の海戦史上類を見ない大勝利」と言われました。

ポーツマス条約

日本は講和のチャンスはここをおいて他に無いと見て、アメリカルーズベルト大統領仲裁の下、アメリカのポーツマスにおいて講和会議を開きました。ロシア側の大使はウィッテ、日本側は小村寿太郎です。

小村日本は勝ちました、賠償金・領土割譲を受けたい
ウィロシアが負けた?小さな戦いで負けただけだ、まだ戦争を続けられるぞ!!
<まぁまぁ、落ち着いて、ね?

こんな感じで会議は進みません。日本としてはもう戦争は続けられない、ロシアとしても国内がめちゃくちゃだから戦争やめたい、アメリカとしてもロシアに勝ってもらっちゃマズイので、ここらで仲裁したいと誰も戦争を続けたくなかったのですが・・・

結局、折衷案が取られ、1905年9月5日ポーツマス条約が結ばれます。
主な内容は以下のようです。
日本の朝鮮半島における優越権を認める
・南満州鉄道の一部と遼東半島南東部の租借権を日本に移譲
・賠償金は一切無し

賠償金が欲しかった日本には不満が残りますが、なんとか勝者としての位置を得ることができました。しかし、日本国民は納得せずに暴動にまで発展したりもしています(日比谷焼打ち事件)。

さてさて日露戦争で勝利したことで自他共に世界の列強入りを果たした日本は、帝国主義戦争の一翼を担っていくことになります。

その後

日露戦争の世界に与えた影響は非常に大きいです。特にヨーロッパ列強の植民地下にあるアジアやアフリカの国々の人々は日本の勝利に湧きました。有色人種の国が白人の国に勝ったのです。植民地とされた国々で独立運動が過熱するきっかけになりました。例を挙げると、清における辛亥革命、トルコの青年トルコ革命、インドのインド国民議会カルカッタ大会などなどです。こうした有色人種の抵抗にヨーロッパ列強は手を焼くことになり、皮肉にもヴィルヘルム2世の黄禍論はある意味当たっていたとも言えるかもしれませんね(^O^)/

-歴史